秘書物語 2



 空を仰いで



 雪が地球防衛軍司令長官の秘書になった。

 それまで、彼女は連邦政府の直轄だった科学局連邦中央病院の看護師だったのだから、軍とは全く関係のない職種だ。

 だが、政府の非常体勢レベルでは第3種要員(とは言っても本来は非戦闘員でしかない)

 それなのに、防衛軍の長官秘書なんて?!

 宇宙戦艦であるヤマトに乗っていたからと言っても、それはあの状況下では仕方のないものだろう。

 それに、長官秘書なんて立場は万が一のことがあった場合、矢面に立たなくてはならない。

 ・・・・・

 それを彼女は知っているのだろうか・・・・?


 フィアンセである古代進はその話を聞いた瞬間、そんな不安が思考回路の中を駆け回ったのである。

 そしてそれに関して、雪との会話もないまま、―― 古代が聞いた時点ですでにそれは決定事項になっていた―― 雪は司令本部勤務になっていた。



 † † †


 「森さん。長官秘書の任務につくに当たって、あなたのライセンスを確認させていただきました。」

 白色彗星帝国からの攻撃で、打撃を受けた司令本部。

 その修繕も済んだメガロポリス東京にある防衛軍司令本部30階からは澄み渡った青い空が見えた。

 35階建ての建物は、それでも周囲に立つほかのものよりも低い。

 だが、長官室のある階の見晴らしは抜群に良かった。

 雪はそんな空に浮かんだように見えるその場所で、長官専属の秘書室長である呉羽の向かいに立っていた。

 目の前のこの呉羽は防衛軍の特Aライセンスの保持者だった。

 外見からはそうは見えない。

 以前、藤堂と同期の総司令官土方が評した『執事』と言う言葉が相応しい風貌である。

 雪は呉羽の言葉に身を正すように背筋を伸ばして、呉羽を見つめた。

 雪の持っている防衛軍指定のライセンスは、イスカンダルに向かうために取った偵察機のパイロットライセンスとレーダー手としてのライセンス。
そしてヤマト艦内で取得した戦闘機パイロット。

 それに、コスモガン発射の確実さを表す射撃評価のランクは準2。

 それは、6割の確実さであり非戦闘員での艦隊勤務者のランクとしてはいい方だったが、戦闘員は最低でも8割以上の準1を求められる。

 そして、防衛軍長官秘書として勤めるにはその準1が必要だった。

 それは雪も秘書の話を受けてから知ったことだった。

 穏やかな春の暖かさを感じさせる呉羽の瞳が、そっと雪を見返した。
 微笑んでいるわけではないその表情は、それでも呉羽の持つ独特な雰囲気を漂わせ、ここが軍のトップを支える場所であることさえ忘れさせる。

 「こちらの切望で藤堂長官の秘書になっていただきましたが、ここで特別扱いされることをあなた自身望んでいないと思います ―――」

 呉羽の言葉に雪は頷いた。

 呉羽の言わんとしている事が何なのかもちろん雪は知っていた。

 自分の戦闘能力

 それはここでは必要で、これまでの経験上、今までのように“待っている”だけではいけないことも雪自身感じ始めていた。

 イスカンダルへの旅の中では、空いた時間に出来る限り訓練をした。

 沖田艦長から、銃の訓練を指示されて戦闘班長である古代自身がそれに付き合ってくれたこともある。

 その時、古代は雪に告げていた。

 †

 「君は本来、人を助けるこを任務としているはずだ。そんな君に僕は人を傷つけるための銃の扱い方は教えたくない。」

 それまではいつも突っかかってくるような言い方の古代だった。
 
 それが、その時は違っていた。

 ――― 人を殺す

 戦争している地球とガミラス。

 そして未知の宇宙を飛行しているヤマトの中で、ガミラス以外の敵がいるかもしれない状態の中で、その戦略をたて、それを指揮する立場の古代。

 それは、地球上においての倫理や生命の概念を抑えなければ出来ないこともあっただろう。


 その一番の重みは『波動砲』のすざましい威力

 それは常に古代の心の中で浮き沈みしていた。


 こんな戦いの中であっても、せめて雪にだけでも、その手を『人類の未来のため』という名目であったも汚して欲しくないと思っていた。
たとえそれが古代の甘さだとしても。


 「だから、俺は君に自分の身を護るため、誰か他の人を助けるための銃の扱い方を指導する」

 そう言った古代の顔は全ての感情を押し殺していた。

 そして、時間の都合のつく限り、雪の指導に当たっていた。


 †




 「明日から1週間。長官秘書としての実習を受けていただきます。」

 呉羽のそう低くない声は、耳にすんなりと入ってくる。
 川の流れのように自然な感じで、呉羽はその直立不動の姿勢を保ったまま笑顔を向けた。

 「それがすべてではありませんが、基礎基本として必要最低限のことなので、解からないことがありましたら遠慮なく聞いてください。そして確実にそれを自分自身のものにしてくださいね。」

 呉羽の言葉に雪はゆっくりと頷いた。

 いくぶん紅潮した頬をした雪の背に、これから冬になるメガロポリス東京は小春日和の日差しがあたっていた。






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2005.10.11.《分室》に格納しました『秘書物語 2 〜月を見ながら〜』を加筆・修正しました。

時空はPart2→新た〜の間で、第2イスカンダルから帰還した後も続きます。
Firstイスカンダルの帰還後からPart2までの間の雪ちゃんって、古代君のお嫁さんになるための期間、みたいに感じてましたが、白色彗星帝国との戦闘で、待ってばかり(護ってもらうばかり)じゃダメなんだって学んだんじゃなかろうかと思っています。
自分自身、強くなる。
それが、《永遠》そして《V》の雪ちゃんになってゆくんだろうって。
可愛らしい女性であることには変りありませんが、そんな彼女ってとても好きです♪
2006.11.23.UP