秘書物語

 ―― 任命 ――

白色彗星帝国との戦いが集結したことさえ未確定な地球

だが、帝国は消滅しそして攻撃が止まった。

それは、戦いの終わりを告げ、そして地球は再び強く鼓動し始める。


地球の復興が急がれる中、毎日睡眠時間が2・3時間しかない防衛軍司令本部

多くの軍人を失い、そして太陽系内のすべての基地は被害を負って、その防衛機能は最低限に落ち込んでいた。

だがそれでも生き残ったものはすべての力を注いで、地球人類の安全と平和な安定した生活を取り戻そうと必死で働いている。

防衛軍長官である藤堂は、各部署からの報告を受けた後、自室の席に座り込んだ。

そんな上司のデスクには1枚の書類がある。

 「 失礼いたします ――― 」

そう告げて入室してきた紺のスーツ姿の男は軍人とは思えないほど穏やかな表情をしている。

運んできたトレイからコーヒーカップをデスクに置くと、1歩後ろへ下がった。

 「 今度、彼女を秘書室勤務にしようと思う・・・ 」

デスクの脇に立つその男は藤堂よりも少し若いのだが、藤堂の持つその独特な威厳とは別な雰囲気を持っている。

年齢50代前半でこの防衛軍には不釣合い人物に見えた。

だが、藤堂はその彼にその書類を確認させるように差し出したが、それを拾い上げもせずその男は恭しく頭を下げてただ一言こう言った。

 「 藤堂長官のよろしいように・・・ 」

その言葉に藤堂は一瞬「いいのか?」といった表情を見せたが、声にならなかった言葉を察知したように男は頷いた。

それに藤堂は軽く1つの溜息をつく。それは半分の不安が解消したが、残りの不安を物語るようだ。

 「 ・・・実は、彼女は『秘書』の経験はない。 軍に属しているわけでもない。 むしろ初心者なのだ。 だがこれまでも彼女の働きから、ぜひ私としては彼女にこういう仕事を任せてみたいと思っている。 」

 「 よろしいのでは。 長官のお目に留まったものです、きっといい仕事をするようになります。 それに誰でも最初は『初心者』です。 ご安心してください 」

うっすらと笑った男 ―― 呉羽は藤堂の不安を消し去るように「すべてはわかっております」といった余裕な態度で、この押し迫った状態の中で、新たに教育させる必要がある者を慌てた様子もなく受け入れる気でいるらしかった。

軍にはスペシャリストが多い。 当然、軍務以外の職種のものも多い。 

だがあえて藤堂は外から経験のない者を見つけ、自分の直属の部下にしようとしている。

その理由は、長年一緒に過ごしてきた呉羽にしてみれば、言葉にされなくても理解できることだった。




 「 森雪です。 どうぞよろしくお願いします 」

白い頬をほんの少しだけ赤く染め、少し緊張した表情の彼女は呉羽にそう告げると、直陸不動で敬礼する。

 「 長官秘書の呉羽と申します。 あなたがこれまで携わってきた事とは違いますが、『人への思いやり』を忘れなければどんな仕事もこなせるものです。 ・・・よろしくお願いします。 森くん」

そう言って返礼するよりも先に呉羽は雪の前に右手を出し、微笑んだ。

明らかに軍人とは思えない態度。 その表情にいつの間にか緊張していたらしい肩の力が抜けた。

そして雪も笑顔を見せてその手を握った。

雪の長官秘書への登用は、査問委員会で処分なしと発表されても、一時は反逆者と言われて地球を飛び立ったヤマトの乗組員ということで、反対や批判が秘書室外部からあがった。

ましてや、先頭を切ってヤマトを飛び立たせた艦長代理の婚約者として雪のことが流れた。
本部のほとんどすべてのものの知るところになったのだ。

それに、連邦政府の大統領からも雪の秘書への打診があった。という話まで噂として流れ始めていた。

それが真実であったのかは呉羽にもわからないが、目の前の彼女を見ているとそれも本当のことであったのだろうと感じさせた。

見た目からして人の目を惹く美しさ。 そしてその湧き出るような品のよさ。 
それは作られたものではなく自然と彼女の中から発せられているもので、あまりにも自然だった。

仕事においてもひとつ告げればそれ以上のことを理解してくれる。 
それに配慮のある言葉や行動がとれる彼女は今時珍しいかもしれない。

藤堂から秘書への登用の話があった後、呉羽は雪の行動をそれとなく見てきた。

今回の白色彗星帝国との戦いで多くの軍人を失ったことは、地球の防衛力を低下させ、未知なる敵への防御を一刻も早く整える必要があった。

それを日々、自分のそばに置いた古代へ任せている藤堂。 それを影ながら支えていた彼女の存在。

それはとても大きなものだったのだろう。 

誰も好き好んで戦う者はいない。 失うものが多すぎたのだろう。

第3者である呉羽にも、古代の苦悩は感じられた。

そして何故か、宙に浮いたような複雑なふたりの様子。

”婚約者”とは思えないほどの一定した距離がふたりの間にはあった。

そう呉羽は感じていた。

登用に際し、藤堂は中央病院の佐渡博士に打診した。 それに佐渡は「本人に直接聞いてくれ」と即答した。

自分の影となり看護業務を遂行してくれた彼女がいなくなることは手痛いことだったが、この戦いは短期間だったわりには被害が激しいものだった。

だから、雪が望まれてより身近な方法で、地球人類の未来に携わってゆくことを選択することが出来ればいいと思ったのだ。

どんな仕事でも人の役になっているが、それでもそれぞれの携わりは違う。

それになりたくてもそうなれる職種でもない。 その分、これまで以上にその責任が大きいものであろうが、それでも雪なら大丈夫だろう、と佐渡は思っていた。

それに・・・・

古代の気持ちの行き場がないことを心配していた ―――

それは雪も同じだったろう。


藤堂と佐渡の間でそんなやり取りがあったことを知らない雪は、藤堂からの申し出に最初は躊躇していたが、それでも地球復興の役に立てば、との思いからそれをそれを受ける事にした。


呉羽は娘ほど年の離れた部下を見つめ、いつにもなく染み入るような温かさを感じた。


こうして雪は司令部での秘書の仕事に従事することになる。―――




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2005.09.25.<分室>に格納しました『秘書物語 〜始まり〜』に加筆・修正いたしました。
白色彗星帝国との戦いの前は看護師だった雪ちゃんが『ヤマトよ永遠に』では長官秘書となっていました。
その経緯というか、なぜ彼女が看護師から秘書になったのか・・・
“古代進”の付属のような存在とは別である森 雪を今後も綴って行きたいです
 (^^)
背景 季節の窓さま
2006.03.23UP