密閉されたヤマト艦内
人の口の上がる「うわさ」と言うもには平和な時にこそ、その発想に輪をかけるようで、例の食堂の一件は あ!!っと言う間に艦内に充満していった。
「聞いたか? 土門が生活班長に告白したって!」
「森さんかけて艦長と殴り合ったって言うのは本当なのか!?」
地球を出発してまだ数十日。
訓練に明け暮れるヤマトの艦内は、そんな些細なことが一種の娯楽の代わりに囁かれ、疲れ切っている新乗組員の間ではそれが“噂”でなく真実として伝わって行く。
それは、今回 古代が婚約者であった生活班長 森雪への艦内での任務を優先にした態度も拍車をかけていた。
ふたりの関係をメインスタッフ以外の誰もが”婚約破棄”と見ていた。
それはあの前回の暗黒星団帝国との占領下中のこともある。
あの時 ふたりの関係が崩れたのでは、思っているものも多い ―――。
そんなこともまったく知らずに任務に励む「うわさの主人公」にルンルン気分で近づいて突然切り出した奴がいる。
「土門!!」
「な、何ですか、いったい!?」
給仕の仕事中にカウンター越しに叫ばれ、土門はその手を止めた。
相手は機関室の中堅どころになりつつある徳川太助だ。
「お前、雪さんに『一緒に部屋でやすみましょう』って言われたんだって?!」
「はぁ?」
雪の口真似とにっこり笑顔を真似するようにして太助は言った。
そのしぐさに土門は言葉を失いながらも、止まった思考を動かそうと懸命だ。
そして土門は周囲の者たちの視線がやたらと厳しかったのはこのせいか・・と
今更ながらに思い当たった。
「なっ、何言ってるんですかぁ! 違いますよ!」
真っ赤になって土門が叫ぶ。
寝ぼけていて前後の状況ははっきりと覚えていないが、確かに雪の手を握っていたことは未だにこの手がその感触を覚えている。
柔らかい暖かな手だった・・・
思わずうっとりしていると、太助が横目でちらりと見ながら
「ふーん。やっぱりな」と意味ありげに言った。
それから
「お前、雪さんに惚れてるな」
「な、なんてこと!!!」
熟れ過ぎたトマトが一瞬で破裂した。
「ふーん。今更何言ったってムダムダ! その顔が答えさ〜」
ニヤニヤしながら太助はいいネタを仕入れたとばかり、うれしそうにランチの載ったトレイを持って土門の前から去って行った。
あとに残された土門はそれまでのことを振り返り、その右手を見つめた。
班長が好きなのか、オレ・・・?
綺麗で年上だけど、可愛い生活班長。
確かに最初は自分の持ち場の班長が「女」って言うことにひどく自分のプライドを傷つけられたと思ったが、この数日間の班長の仕事ぶりには驚かされるものばかりだった。
プロとしての知識の豊富さ。
身についた人への配慮深さ。
意外と(?)場慣れしている肝の据わり方・・・。
それら人が欲しがるものをすべて持っているように見えのに、それを鼻にかけないところが特にいい。
それにあのスレンダーな体系からは思いもしないほどのタフさ。
そしていつでも絶やさないその女神のような優しい笑顔。
どこをとっても雪が生活班長であることを否定できるものはなかった。
むしろ、ヤマトの艦内において雪ほど生活班長に適しているものはいないだろうとさえ土門は思い始めていた。
「どうしたの? さっきから百面相して」
鳥に例えるならその美しい声はカナリア。
そして姿は白鳥。
そう思っていたら突然その白鳥がカナリアの声を響かせた。
小首をかしげて、雪が土門の正面に立っていた。
「あ?いいえ!!何でもありません! 生活班長!」
赤くなったり青くなったり、表情がくるくる変わる土門に雪はクスリと笑った。
手にしていたファイルケースを左手に持ちかえるとトレイを手にする。
「じゃあ、土門君ちゃんとお仕事してね」
「あ、はい! すみません! 班長!!」
真っ赤になった土門があたふたとランチメニューを用意する。
雪はそれを優しい瞳をして見つめていた。