2006.09.17. 山本 明を演じていました曽我部 和恭氏が死去されました。
生前の多くの美形キャラをこなし、それぞれのキャラクターたちに命を確実に吹き込んでくださいました。
そしてそれはいつまでも私たちの心の中から消えることはないでしょう ―――――


  十五夜 219X年





「 あ、月だ 」


風は冷たく 
でも そのススキをそよそよと靡かせている

時々 訓練を兼ねた偵察に
地上に上がることがある

その 何もない赤い大地

そこは赤く濁っているように見える
靄のかかった視界

それでもこんな日は
記憶の奥にあるいつかの
夕暮れを思わせる


・・・・・


その景色は
そう遠くない幼い記憶を呼び起こし
ガラにもなく懐かしさを偲ばせる


それは俺にとっても
また
少し前に立つ加藤にとっても
同じようだった




それぞれ別にある


それぞれの記憶の中



ほんの少し前まであった
あの楽しかった日々の場所と同じに
重なって見えてしまう


そしてそんな時
ただ、ふたりはそれに見惚れるだけだ

ただ、ぼんやりとその場に立ち止まるだけだった―――






どんなに時が経とうとも





あの日 
失った風景は

絶対に思い出せる
















「  ・・・・ 加藤  」

帰るぞ




そう言おうと思ったが
やっぱり止めてあいつの背中を見つめた


それはまだまだ頼るにはもろい
少年の背中が見えたから


しなやかに伸びた
鍛えられつつある背筋だが
まだそれを背負っていない身体


それに
被ったヘルメットが
少しだけ重そうに見えた




それは自分も同じ




過去を見つめるその目は温かい思い出だけを見つめている





目に前の現実は
それを否定することがないとしても


やはり引きちぎられたそれぞれの思い


そして見つめさせられる現実


突きつけられたその地球の現状は
進むべき道をさらに強調させる ――――





今の現実が・・・・

失ったものが・・・・

ありえないが仮定として、

失うことなく継続していたとしたら



俺たちは
こんな風に空を見上げたりすることは
なかっただろうか




こうして同じに見える景色を
見ることもなかっただろうか









加藤に出会ってまもなく
俺はいつの間にか今まで抱くことのなかった
『信頼』を
加藤に持っていることに気づいた



それまでの俺は
必ず相手との間に
一線を引いていたはずだ



距離とか空間を
目に見えない壁として作っている


そんな生き方をしてきたのに

加藤にはそれがなくなっていた





だからと言って
あいつのことを本心から信頼しているかと言うと
どうだろう





ともに過ごす日々が
そう長くない相手だとしても

いつも
あいつの笑顔に
何かを感じて

あいつの動きに
自分の何かを同調させている

それがいつの間にか

時間の長さなど
関係ないのだと

ただの感性で
本性の部分で

加藤は俺の背中を預けられる存在だと
感じていたみたいに ―――




自分を取り繕うこと
自分の形作ったモロい鎧を被る必要もなく

曝け出せる相手だ

そう感じているだけで
こんなにも疲れず
気負いのいらない時間をくれるとは
それまで知らなかった







なぁ、加藤




お前もそう感じているか


それは俺たちが言葉にしなくても

形として今はなくても


それでも

俺たちは俺たちのそれぞれを
肩代わりしている




なぁ 俺たちはホントウに
他には何もいらないよな



ただ

青い空が好きだった俺たち


緑の地球といわれた空を写した美しい海の上を
自由に飛びたかっただけの俺たちだから




そして今は
そのために・・・・

あの時を取り戻すという決意を持つことになった加藤は
いつも空を見上げる時に
一瞬だけ懐かしそうな顔をする


それとは違う俺の思い



それでも



俺とお前は同じ場所に立つ




でも
いづれ俺たちの思いの違いは
これからの道を左右するだろうか ―――?


もし そうなっても




そうなっても


俺たちは空を飛ぶだろう




そして

あいつの眼が
あの月を見つめながら 
再び 今を見つめる時でも

俺は一緒に歩いているだろう ――――




そうなるために
その時でも

ともに歩む力を持とう

肩を並べて
ともに行けるだけの力を持とう






*


「 山本! 」


凛とした声がヘルメットの中で響く


それは少しだけ強く

朝日を浴びて輝きだす朝露のように
清潔で艶やかな色と
心地よい緊張を帯びる




張り詰めた声で
当然のようにその名を呼んで


「 行くぞ! 」


と告げる


振り返った加藤の顔は真夏の太陽のように
明るく笑っていた









**


それはほんの少し前のこと

俺たちがまだ地下で訓練していた頃の
ふたりの多くない記憶の一部







***


「 山本―― !!!?? 」

コクピットの中に

こんな雑然として

敵も見方もない状態なほど
混戦している空中戦の最中でも

ちゃんとその声が聴こえたんだよな

古代の叫んだ名前に反応したのは
やっぱりお前だったもんなぁ



ゆっくりと墜ちて行く前に

きっちり
戦士の顔をして

敵を刺し違えることも忘れずに


1機のコスモタイガーは
花火のように
四方八方に飛び放たれたんだ




***







 「なぁ 加藤

月って
あの時から
俺たちの記憶(思い出)の中に
あったんだな 」






地球防衛軍
月面 第3クレーター基地に着任した日

山本 明はそう言って笑ったんだよ




                       

2006.10.06. 平成18年の十五夜の書き下ろしです。
ちょうど、曽我部さんの訃報を聞き、ボーゼンとしてしまったので、今日まですっかりUPするの忘れていました。今更ですが、追悼を兼ねてUPさせていただきます。
2006.12.17.加筆・修正
Material by MilkCatさま