艦載機の格納庫で、山本は自分の愛機ブラックタイガーを整備しながら、その斜め前で、愛機コスモゼロを磨いている若き艦長代理を見つめた。

   (古代のヤツ 何だか 変だな どうしたんだ・・・? )

いつになく無口になっている古代に、山本はふとその手を休めて翳りのある横顔を見た。

そして反対側にいる加藤も自分と同じように古代を見ているのに気がついた。

   (何やってんだか・・・ チーフのヤツ。 いい加減に言っちまえばいいのになぁー )

内心そう呟いてみたものの、加藤はそう簡単に古代が言うわけはないかっと思い直してため息をついた。

          十三さんからいただきました? 


そして山本の視線に気づいて加藤はお手上げだと言う仕草で両手を軽くあげて見せた。

それに『またか』と山本は、その古代の無口な原因に思いあたり納得したようだった。

   (また 雪と衝突したのか・・・・)

毎回のことながら、何だってお互いに素直になれないのか。

仮に自分なら、もうすこし女性に対して、引いてやる事も出来ると思うのだが・・・。

   (古代には無理か・・・。 『適当』ってことを知らんヤツだからな・・・・)

何に対してもその真っ直ぐな姿勢は変わらない。

むしろこの数ヶ月は、一層古代を真っ直ぐにさせている。

それは、沖田艦長の具合があまり良くない事が大きい。

19を目の前にして、すでに若き指揮官の風格が漂う古代。

それでもまだ同期たちの中ではいつもの調子で、突っ込まれているが、艦を仕切っているときの古代は別人だと思わせるほどだった。



 「 で、今回はどうしたんだ? 」

一通りの整備が済み、山本は格納庫横の控え室に戻ってコーヒーを飲みながら、加藤に訊ねた。

 「 それがなー。 いつもの事なんだがな・・・・」 とあまり旨くないコーヒーを啜りながら加藤がぼんやりと話し出した。



それは先ほど行われた班長会議の後の出来事だった ――― 。




 「 艦長代理。 お話が・・・。」

班長会議が終わり、古代は加藤とブラックタイガー隊のシフトを打ち合わせしている最中だった。

 「 何度も言いますが、ちゃんと予定通りに定期の健康診断を受けていただかなくては困ります! 」

ふたりの後ろから掛けられたその幾分硬質な口調。 

それが生活班長だってことは振り返らなくても判ったふたりだ。

だが、それに加藤はおどけた感じで振り返り、古代は振り返りもせずただ、同じような口調で言った。

 「 さっきも言った。 今は忙しいから無理だって。 」

 「 それは伺いました! でも一体何時になったら『お忙しく』なくなるんですか?! 」

 「 ・・・・そ、それは。 いずれは時間を取るって言ってるじゃないか 」

 「『いずれ』では困ります! ちゃんと日時の都合をつけてください! 」

雪の言うことがもっともなので、加藤はそのやり取りにただ頷いた。

それもおもしろくないように、古代が加藤を睨む。

 「 だからって、何時どんなことが起こるかわからないんだ! 先の見えない約束なんて出来ない! 」

 「 艦内における体調管理は私に任されているんです。 それに艦長代理がそんなことでは、困ります! 隊員に示しがつきません! 」

 「 ・・・・・・ 」

ぐうの音も出ない様子の古代を雪は腰に両手を当て、仁王立ちして見つめる。

  (完全に古代の負けだな) と加藤は思った。

 やれやれ、さっさと連行されろよ。と目で古代に告げると古代はプイッと雪から顔を背けた。

ここまで言われて、何で素直にならないんだ? と思い加藤は雪をチラリと見た。

そして 「 艦長代理 生活班長にも 立場ってもんが・・・ 」とフォローしようとしたら、艦内放送が流れた。

 ――― 艦長代理。 いらっしゃいましたら 至急 第1艦橋にお戻りください! 

 「 ほら、呼び出しだ! こんなことだから、約束したって守れる訳はないじゃないか! ・・・加藤、シフトはお前に任せる。 ああ、夜間の哨戒 俺も入れてくれて構わないからな。 じゃあ! 行くぞ! 」

さっきの膨れた顔からキリッとした顔になって、それでも言うことだけはしっかり言って、古代は会議室を飛び出して行った。

雪はきゅっと可愛らしいその唇を噛んだまま、古代の消えた扉を見つめていた。







 「―― っていう訳なんだが・・・・。 いつものことながら、テキトーに約束しときゃぁいいのにさ。 」

 「 だが そんなに忙しいのか? 」

飲み干した紙コップをダストシュート目掛けて投げる加藤は「ああ」とだけ答えた。

紙コップが吸い込まれるように、その壁の穴に入る。

加藤が伸びをしながら山本の向かいに座った。 そしてシフト表をテーブルにおいて、順番を当てはめて行く。

 「 本当は哨戒なんて俺たちだけでいいんだが、あいつが入れろっていうからなー。 今 艦長があの様子だろう? 古代が全部の報告書を書いて、提出されている書類を処理してるって島たちが話してた。 」

 「 全部?! そりゃあ、スゴイんじゃない? でも あいつジッとしてるの苦手じゃなかったか? 」

 「 だから、哨戒でもして気分転換したいんだってさ 」

2班のブラックタイガーからそれぞれ非番を組み込んで、2名ずつシフト入れるようにパソコンを設定する。

加藤はしばらくカチャカチャとキーボードを叩いていたが、最後にエンターを押してその様子を見ていた山本に顔を向けた。

 「 俺はシフトに入れるのも気が引けるんだけどなー・・・。 あいつ、いつ寝てるか知ってるか? 」

 「 さあ・・・。 でも そんなに忙しくったって、寝てる時間ぐらいあるんだろ? 」

 「 どうだか。 2時からの哨戒の後でも、朝から勤務してるらしいぜ 」

 「 えー!! 」

このところ、スクランブルなんてなくなって、ひたすら地球を目指すのみのヤマト。

ブラックタイガー隊の存在なんて今は1日4度の哨戒パトロールしかないようなものだ。

そうなると古代は哨戒に行かない限り、ゼロを乗ることもなかったと言うわけだ。

  だが・・・・ 

 「 ちょっと、無理しすぎなんじゃないか? 」

 「 まあ あいつは昔かっら意地っ張りだからな 」

ブラックタイガー隊 隊長と副隊長はふたりして深いため息をついた。







古代は戦闘班長席から外を眺めていた。

マゼラン星雲からすでに銀河を目指して1ヶ月。

毎日2度のワープを行い地球を目指しているが、まだまだ地球は遥か彼方。

あのガミラス本星での戦闘以降、ガミラスからの攻撃はまったくなくなった。

完全に星の機能は崩壊してしまったのだろう。 

それにもしかしたら、すべてのガミラス人を犠牲にしたのかもしれない。

だがそれを気に病んでいる時間も今はない古代だった。

そんな古代の気持ちとは別に、このところの安定した艦の航行にスタッフの間からも話し声が聞こえることが増えた。

それは艦長が臥せっている上に、コスモクリーナーの製作に忙しい工作班長の真田や毎日のワープのためにそのエンジン調整に奔走している機関長の徳川もいなこともあってかもしれないが、その時が一番多い。

古代が黙って外を見ていると、その横から島が声をかけてきた。

 「 どうした、 古代。 そんな仏頂面して。 」

島の言葉に返事も返さない。 ただチラリと横目で視線を向けてまた古代は前を向いた。

 「 また、ケンカしたんでしょ。 」

 「 え? 誰とですか? 」

 「 言わずと知れた 『生活班長さま』 とでしょうね 」

南部と相原がそれに加わる。 ケンカの原因が些細なことと知っているように南部の声は笑いを堪えている。

 「 健康診断のことでしょ? どうして受けないんですか? それほど時間かからないでしょうに 」

『時間』 それと その『約束』。

それがネックで古代が診断を受けないのだと思っていた南部である。

南部の言葉に「 そうですよ 」 と同意するのは太田と相原。

島はしばらく黙って古代の横顔を見ていた。

そしてふいに立ち上がると、座っている古代の右わき腹を手で撫でた。

驚いた古代は一瞬声も出ない。 

「 なっ!?  何するんだよ!!! 」

艦内グローブをしたままのその手で艦内服の上から触られて、その妙な感触と妙な行動に古代は怒鳴って席から立ち上がった。

それを見ていたみんなもただ唖然としていた。

古代は自分の横に立つ島に睨みつけるように顔を向ける。

思わずファイティングポーズである。

島はそれに構わず古代を足元から頭までを清ました顔して見ていた。

 「 ふーん。 ・・・ 古代、 まあイロイロあるだろうけど、お前は艦長代理だ。 艦内の秩序を乱しちゃダメだぞぉー 」

そう言って、ニヤリと笑った後 何事もなかったように島は席に着いた。

古代は訳もわからず、しばらく島を見ていたが、「 座れば? 」と言われ、恐る恐る席に着く。

その間も、島から視線を外さない。 

こんな時の島は絶対に何かある。 

そう長年付き合ってきた経験から学んでいる古代だが、今の島は本当に何を考えているのかわからない。

島は自動操縦で動く操縦桿を見ながら、肩こりを解すように首を動かしながら呟く。

 「 いつまでも そんなことしてると 誰かさんにとられちゃうぞ 」

 「 何のことだよ 」 

 「 お前はいつでも うまいものは最後まで取っておくタイプだけど、俺は違う。 誰かに食べられる前に食べる方だ。 」

 「 ??? 」

 「 まあ、お前がいつまでもそうしてるって言うんなら、俺が頂いちゃってもいいのかな~ 」

 「 ・・・・・・ 」

宣戦布告だっと思ったのは南部だった。

古代が島の方を見ているのでその表情が見えないのが残念。

だが、きっと困った顔をしているのだろう。

 「 僕もおいしいものは食べて確認する方ですから、島さんに賛成ですよ 」

南部も加わって煽る。

それに古代は眉間に皺を寄せて軽く南部を睨んだ。

だが南部は笑顔を向ける。

 「 もう あとは地球に一直線ですよ。 」 

だから何だというんだ。 古代にしてみれば、『だから』今が大事なんだと言いたいところだ。

あと数ヶ月の内に帰還しなければ、地球人類は滅亡するかもしれない。

その時間を1時間でも短くしたい。 そんな気持ちがいつも頭のどこかにあるのだ。


 「 メシの事なら 森君に言ってくれ。 」

そう古代は言ってまた窓の外へ顔を向けた。








ヤマト食堂では、通常みんな同じメニューが出される。

通常以外というのは、医務室の佐渡の判断で決められるメニューか艦長の指示した特別メニューである。

 「 で、今夜は 何だろー 」

食べている時間が一番楽しそうな太田が、トレイを持って列に並ぶ。

 「 今日は チキンソテーとヤマト農園でとれたフレッシュサラダだってよ 」

 「 あ。 加藤! 」

よう! と太田の前にいた加藤がニッと白い歯を見せる。 その前には山本がいる。

 「 珍しいな。 同じ時間に食事なんて 」 

 「 まあな。 こっちも それほど忙しくないからな。 」

艦載機隊の隊長と副隊長である。 ふたり同時の食事はそう多くない。 

太田は久しぶりにふたりと食事をしようと席を同じにした。

そこへ、南部と相原もやってきた。

 「 航海長は? 」

 「 ん? 留守番。 古代さんと一緒に 」

 「 ひと悶着なければりゃいいけどな・・・・ 」

さっきのことをそれとなく心配している相原である。 

それにすかさず山本が視線をあげた。 そして隣の加藤に目で何か言う。

 「 ・・・・ 何かあったのか? 第1艦橋で 」

自分たちもその古代のことで気になっていることがあるので、その話を詳しく聴きたかった。

 「 たいしたことじゃないんだ。 ただ、 島さんが 『好きなものは早く食べないと誰かに先を越されるぞ』って古代さんに言ったんだ 」

 「 それから 『お前が食べないんだったら 俺が頂くぞ』ってさ 」

額面どおりに取っているらしい太田に相原。 それを聞いた加藤も最初は「?」の様子だったが、その前後の事を聴いた後 そういうことか と納得したらしい。

 「 それって、古代に対しての宣戦布告だよな。 雪を巡っての。 」

 「 そう取るのが普通ってモンでしょう~ 」

加藤と南部の言葉にやっと気づいたふたりは、その後は黙って食事を摂っている。

 「 まあ 島のいうことは・・・・。 本気とも嘘ともどっちとも言いがたいけどな。古代は・・・なぁ 」

 「 ついこの前までは結構いい感じだと思っていたのに・・・・。 最近はまたずい分と自分を抑えてるっていうか。 でも、意識しているだろ? それに、雪さんもそれまでは絶対に古代のことが好きなんじゃないかって思っていたんだがなー・・・。 でも、きっとまだ変わってないと思う 」

山本の言葉に微妙なふたりの関係が浮かんだ。

それまでは、お互いに好きあっているだろうことがはたからも解かるほどだった。

そして、同じように思っていたらしい山本の意見に 「そう思うだろうー! 」っと同意を求める南部。 

そう感じていたのが自分だけじゃないって思うと妙に嬉しい。

 「 おい お前たち 声が大きいぞ 」

 「 真田さん?! 」

冷静な声が頭の上から降って来た。

それが久々にまともに顔を見せた真田である。 

 「 ・・・・ あまり吹聴するようなことはするなよ。 あいつはそれなりに気を使っているんだ。 」

南部のとなりの空いていた席にコーヒーを置くと、椅子に座る。

この面子の周りには何故か空間が出来ていた。 だが、5人が目立つ存在なのは変わりなく、それも徐々に声が大きくなりつつある。 たまたま休憩に来た真田が運よくそれに気づいたのだ。

 「 食事は? 真田さん 」

 「 ああ、今はいい。 いつもいる工作室でもずっといるとさすがに息が詰まるよ。 だから気分転換に来ただけだから。 ―― で、それより、また古代 雪と揉めたのか? しょうがないヤツだな 」

 「 それよりこれから島さんと一戦あるかもしれませんよ 」

 「 島とか? 」

まさか といいたそうな真田だった。 だが、ありえないことでもない。 それまで何度も殴り合いのケンカをしてきているふたりである。 ふたりともとことんやるタイプだし、手加減なんてお互いの中にはない。

どうしてこう、真っ直ぐな関係なんだ。

真田は、そうふたりのことを思っていた。 島は年齢のわりには落ち着いて、冷静な判断がとれるのに、古代のことになるとどうしても古代と同じ意識まで戻ってしまうようだ。

それはそれでよい面で島の人間性を見た感じがするのだが・・・・。

だが、それも古代のその真面目すぎる一面の、ある部分を崩してやるための手段として、最近はそうしているようにも思える。

 「 周りがあまり騒ぐと、まとまるものもまとまらなくなるからな。 しばらく放って置けよ。 」

暗に釘を指す真田に南部が少しだけ首を竦めた。

 「 了解です。 でも、俺たちいつも『温かい目』で見てるつもりですがね・・・ なぁ 」

そうに同意を求められても、誰も返事はしなかった。







イスカンダルで死んだと思っていた兄に再会した。

そんな束の間の幸福に浸っていた古代は、ふと 気づいたのだ。

スターシャが守の事を好きなんじゃないかと。 そして兄 守も本当はスターシャが好きなんじゃないか、と。

そして起こったあの事件 ―――


雪が拉致され、あの美しかったダイヤモンド大陸が海に飲み込まれた。 


兄に逢って浮かれていた。

イスカンダルに着いて、コスモクリーナーを手に入れることが出来、そのことも浮かれる原因だった。

そんな中、まさか 人類の未来を望んでここまでつらい旅を共に歩んできたものたちに、冷や水を浴びせられることになろうとは思いもしなかった古代だった。



   ―――  花嫁はいるよ 



機関部員だった。 それも徳川機関長の信頼を受ける人物だった。

藪機関士のニヤついた声で無線機から伝えられた言葉。

直感的にそれが 雪のことだ と思った。

艦内にはほかにも女性乗組員はいる。 だが、自分に対して明らかに意図を持って連れ出された『花嫁』となるべき女性。 

彼らは、雪を連れ出したのだ。

それは、そんな自分の浮ついた態度を周囲が気づいていた、ということだ。

そしてそれは自分の想いを好意的に見ている者ばかりじゃないということだった。



    あの時 思いっきり 心臓をつかまれたような気がした。



加藤に救命ヘリを出動させ、緊急事態に備えさせたけど、本当は自分が飛んで行きたかった。

雪だけは無事に救助できたが、ほかのものは全員その大陸ごと海に沈んだ。

恐怖と狂気が混ざり合った中で、雪はどんな思いでいたのだろう。

加藤が連れ戻った雪は、真っ青だった。 それに腕に負傷していて、佐渡先生の治療も時間をかけて行われた。

そんな雪に声をかけることも出来なくって、ただ、心の中で『ごめん』って言うしかなくって。

でも、その時 はっきり気づいたんだ。

確かに 僕は 雪が好きだ。 

そして ―――

兄さんがイスカンダルに残った。

スターシャさんを愛していると気づいたからだ。 それは少なからずショックだったけれど、断ち切れない思いがあることも感じていたんだ。

そして僕が共に歩んで行きたい女性は君なんだって。


だから、兄さんの気持ちも解かった。 

そして兄さんとスターシャさんのふたりの幸せを祈ったよ。



突然の離艦。

沖田艦長にも、その訳を話して了承してもらった。

それはたったひとりの家族として。




だが、あれから、古代は雪に対しての気持ちをひたすら隠すようになった。

イスカンダル到着までの雪との思い出を、すべて封印するように、また「森君」と呼ぶようになっていた。

それに周囲が気づかないわけはない。

古代のそんな態度にまた雪も困惑していた。







 「 どうかしたのかね 森君 」 

そう沖田に声を掛けられて、雪はふとベッドメイキングしていた手を止め、顔を上げた。

 「 今日は ずい分無口なんだね。 何かあったのかね 」

看護師として艦長の世話をする雪は、生活班長としても艦内の隊員たちの様子を臥せっている沖田に話して聞かせていた。

それによって、沖田は艦内の状態を把握しているのだ。

艦長代理として毎日古代が報告する艦の運行とは、違う視点である雪の話は沖田にとって貴重なものだった。

 「 え? すみません。 」

 「 何も誤ることではないだろう・・・。 それとも誤らねばならないようなことがあるのかね 」

椅子に座っている沖田はふっと笑った。

穏やかな顔。 父親のような何でも判ってくれている瞳が雪を見つめる。

 「 古代が少し変わったな・・・。 そう思わんか。 ずい分と大人びた目をするようになった 」

 「 ・・・・・ 」

それがどういう意味なのか雪にはわからなかった。

 「 男は本当に大事なものを知ると、そんな目をする。 」

 「 ・・・・そうなんでしょか・・・・。 大事なもの・・・ 」

雪はそう呟き、沖田を見つめる。

椅子から立ち上がろうとする沖田を雪は支えようとして近づくと、沖田は軽く手を上げ、それを制して自分で立ち上がった。

そしてゆっくりと窓の外を見つめる。

真っ暗な宇宙。

銀河までまだしばらくはその星の瞬きも少ない空間である。

窓に映る雪の姿。 それを静寂な宇宙に浮かばせながら、沖田は軽く息をついた。

 「 護るものを知ると、その死を恐怖に思うものだ。 それと同時に、そのもののためには命も賭けることが出来る。 しかし雪、人間は弱い。 だが、護るものがあれば強くなれる。 それは護るもののために強くなるんだ。 」

 「 艦長・・・・ 」

 「 もう 私は 君たちと地球でヤマトの帰りを待っている人たちだけになってしまったがな・・・。 それでもそんな多くの人たちのために生きていたいと思っている。 一目でもいい、地球を見るまでは・・・・ 」

沖田がそんなことを言うのは初めてだった。

自分の『命の灯』を知っている。 

イスカンダルに滞在できれば、その進化した医療技術で病も治せるかもしれなかった。 だが、それよりも人類の未来に自分の命をかけている沖田は、一刻も早く地球へ帰還することを選択した。

多少 治療のための医薬品を譲り受けたものの、同じものは地球ではつくれない。

それほど進歩したものだった。

 「 君は安心して前だけを見ていればいい。 そして時が来たら、しっかりと受け止めてくれ。 まあ、それは私のお願いかもしれないがね 」

そう言って振り返った沖田は笑っていた。








 「 今日という今日は艦長代理 検診受けていただきます! 」

アナライザーを連れた雪が突然第1艦橋に現れ戦闘班長席の後ろに立つと、そう宣言した。

島と打ち合わせをしていた古代はその顔を向ける間もなく、アナライザーに抱き上げられた。

 「 わー! 止めろ! アナライザー! 」

 「 島君 15分ほど艦長代理をお預かりしますから 」

 「 了解。 じっくり調べてくれていいよ。 古代、ガンバレよ 」

ジタバタしている古代にウインク一つ。 島はニヤッと笑って手を振った。

 「 うえーと 5●.5きろぐらむ・・・・ 」

  !!!?

 「 あ! アナライザー!! 黙れっ!! それから降ろせ!! 命令だぞ! 」

唖然としている周囲。 雪はじーっと古代を見つめている。 そして島はまだ笑っていた。

 「 アナライザー  艦長代理の命令は却下よ。 そのまま 古代君を医務室へ。 」

怒っているのか冷ややかに雪はそう告げると、アナライザーと共にエレベーターに消えた。


緊張していた空気がその姿が見えなくなってからやっと消えた。

 「 ・・・・ 5●.5キロって、古代さん そんなに軽かったっけ? 」

180センチは超える身長の持ち主 相原はそれこそ驚きを隠せない。

 「 それって、訓練学校の時と変わらないんじゃない? まさか・・・ 」

それぞれを背負っての陸上訓練なんて、1年生のうちは毎日やらせられていた。

その頃は軽い方がいいと思っていたが、体力がついて行かないのだ。

だから必然的に体力をつけるために些かのウエートアップも致し方ない。

それでも成長期を越えて、そろそろそれもストップする時期だ。

 「 この1ヶ月で落ちたんだよ 」

島の言葉に太田の開いた口が塞がらない。 戦闘もなければ、特別に大変な訓練もない。

 「 それで、島さん この前、古代さんのわき腹触ったんでしょ 」

やっとあの時の島の行動を理解して、南部が笑う。

 「 検診なんて5分もあれば済むもんだ。 それをあれほど拒絶するって言うのは雪君を心配させる何かがあるんじゃないかって思ってね。 案の定 触ってみて、すぐにわかった 」

さすが 伊達に親友を名乗ってないのだ。

あの突然の行為といい一瞬での判断。 

付き合ってきた長さからしたら、その後起こる事が想像つく。 だから余計に面白くないはずはない。

 「 落ちた原因は色々あるだろうけどさ。 それを隠したら余計に雪君が心配するってわかってないんだからなー 」

 「 そこがお子さまなんですよ。 古代さんは 」

自分の上司をそこまで落とす南部も同期としては付き合いが長い。

 「 まあ、その辺でいいじゃないか 」

やはりそこで真田が口を挟む。 あくまでも真田は古代のフォローに回ろうと言うのだ。

それがちょっと可笑しい。

 「 真田さんだってそう思うでしょ? 」

 「 『温かい目』で見守ってやるんじゃなかったのか 」

 「 それは雪さんに対してですよ。 古代さんはいいんです。 あの人はもっとしっかりですねー・・・! 」

普段は浮世雲のようなくせに、男たるもの・・・と語り出すと南部は長い。

それを知っているので相原が割って入った。 

 「 でも、あの時の話は島さん 本気なんですか? 」

その話に一瞬で飛びついた南部。

 「 そうですよ! あれこそ、問題発言って言えばそうですよ! 」

そう言われ島はその視線を前に戻す。

 「 さ~ぁ どうだったかな~ 」

『生活班長争奪戦』と銘打って、艦内ニュース(マル秘)でも出そうと思っていた相原はその真相を興味深々に聞いていたが、さらっとはぐらかされた。

それに突っ込もうとする南部だったが、やっぱり止めた、とばかりに自分の席に座りなおす。

柳に吹く風のように、こうなると島はどんな言葉も上手くかわしてくるだろうことは今までの経験上知っている。 それに、本気なら本気でこれもまた面白いかもしれないと思ったのだ。

 「 まったく お前たちの期の奴らもおかしな奴らばかりだな。 それともここにいる同期がおかしいのか? 」

 「 真田さん!!!! 」

4人の声が重なった。


   やれやれ・・・。


黙って聴いていた機関長の徳川は、内心そう思いながらもそんな若いスタッフを頼もしく思った。


艦橋から見える宇宙は真っ暗な明かりのない空間だった。




    いつかまた 地球は 緑溢れる星になるだろう



         そうしたら 君を乗せて その青い空を 飛んでみたい 



    それは そう遠くないことになるだろう ――――― 




                                    SSキリリクトップに戻る



5000人目の入室者 マールさまからのリクエスト「お互い好き合っているのに本当の気持ちは言えず、思わず心とは反対の事をしてしまう…みたいな。そんな二人を暖かく?やきもきしながら見守っている第一艦橋のメンバー、ブラックタイガーの加藤・山本君…等」と言うことで 『新緑の季節』UPいたしました。
んー。 リク内容とは若干違うような気がするんですが・・・・。 マールさま スミマセン(^^;)
それから、「5●.5キロ」の●はお好きな数字をお入れくださいませ。 50キロ台じゃない? んーあの頃はまだ成長期なのでここではお許しくださいませ。
初稿060116 初回修正060114 

再校正 090927 十三さんにいただいたイラストを今頃ですが、追加させていただきました。
Material by 季節の窓さま