『地図』



さあ 旅に出よう

いつも見上げる空の下

あの 白い雲と 暁の太陽に向かって

不安と期待の波間にざわめく心と共に







いつもそれは突然だった ―――




久しぶりに顔を合わせた
メンバーは
遠慮のない言葉を紡ぎだす

それは酒の席

ほんの少しばかりのアルコール

酔いに任せ いつも以上に滑らかな言葉

仕事も順調
特に問題もない日常

ただ 自分たちの立場が際どいから
そんな現実でも気忙しい 
神経の磨り減らない日々はない


それにまたどこか宇宙の彼方で何かが起こっているかもしれない

そう思ってしまうと夜も眠れない

それなのに こうして地上にいると
少なくとも緊張感と言う言葉の欠片も
遠くに追いやられてしまったものもいる


そんな組織の中に散らばった同じ空気を知った者たち


彼らもどこかでそう思っているんだろう ―――

そう思うから

こうして時折集まった
同じ空気を知っているものたちの中では
飾ることもない

すべて
自分だけじゃないと思わせてくれるから
思わず本音を漏らしている

そして再び離れた時には
毎日を誠心誠意過ごすのだ


でも 今夜はそんな滅多にない時

だから戯れの言葉に弄ばれるのもいいのだろう





†  †  †

南部が持ってきた 16世紀の地図

自宅の書庫にあったというそれは

まだ人間が空を見上げるだけの時のもので
ましてや宇宙を飛ぶなんて想像しもしなかった時代のもの

今や人の生死も左右しようと思えば完璧に出来る時代

見上げる月も日帰りの時代だ


それでも かきたてられるそれは
やんちゃな『冒険心』でしかないくて・・・・

誰かのそれに便乗する


そして言葉はさざ波のように広がる



『 いいなぁ―・・・・ 宝探しかぁ・・・・』

有る訳ないと知っている


だけどこのところの『平和』ボケにいささか停滞気味の気分

思うように運ばないことの多さにため息を隠すこともない


散々 「お疲れさま!」っという掛け声で
人が多くなるたびに重ねられたグラスは
そう酒に弱くないあいつをほんのりと色づかせている

それは 表面上のことだけだって知っている


・・・・そうしないと 自分を解放できないからな あいつは ・・・


酔ったふりして 自分を明かす

俺と真田さんはただそれを見ているだけで

静かにグラスを傾けた



『久しぶりに 明日 海行きます?』

簡単にそう言ってニヤリと笑う南部にその上司だった男は肩をすくめながら笑う

『いつもながら お前は簡単に言ってくれるなー・・・・ 』

明日は土曜日

だけどそんなことは関係ない任務についている俺たち

当然仕事のある奴はいるだろう


万年人材不足の防衛軍

それもほぼ中核のポジションを与えられた俺たち

下も上もある

危うい立場の俺たち



ヤマトというその空間で
共に過ごした時間は濃いものだ

そしてそんなヤマトを人類は今また英雄視している

こうして一見 ただの軍に所属しているだけの存在なら
そう期待も大きくないのだろうが

ヤマトの歴史はそう軽いものじゃない

ヤマトに関わっていたと知られただけで
特別な目で見られる

一般市民からは
尊敬や敬愛の色を向けられる


だけど組織の中では 俺たちは全然 偉くない

むしろ厄介者だって思われているだろう

それは例え上司であっても 自分の言うべきことは言ってるし
言ったことは完璧なまでに遣り通しているから

そんな俺たちを素直に
いい部下だと評価する上司は少ない

むしろ そんな上司にとっては
目の上のタンコブ以外の何ものでもないだろう


それさえも知っていて
俺たちは それでも 今の立場でいる




『そうですよ! 宝探し! 行って見ましょうよ!』

お調子者でいつもテンションの高い太助が
今夜も完璧に酔っているらしく 興奮気味に叫ぶ



『億万長者になれるかもしれませんよぉ』



あいつに絡みながらねぇねぇって
駄々を捏ねる子どもじゃないだろう・・・

そんな太助を適当にやり過ごし

『何も明日じゃなくとてもいいだろう』

少し呆れた声で返すあいつの
賛同の含みのある言葉に 南部がニンマリと笑って煽る

『善は急げって言うでしょ』

含みのあるいつもの笑いではなく
極上の”王子”の微笑みに変わる

そんな笑みに
通り過ぎる見知らぬ女性たちから ため息が漏れる

こんな酒の席はほとんどが突然で
それでもしっかり私服に着替えてきている南部は
とても軍人には見えない

それにそれほど大騒ぎをしているわけじゃないのに
何故だか視線が集まるのは
こんなヤローばかりの宴が他と違うと感じるからだろうか

歓声に近い女の子たちの声がどこかしらから聞こえる

そしてそんなこともいつものように気づいていないあいつは

口をへの字にしながらも目は笑っている


その微笑みに何度誑かされたことだろう―――とでも
思っているんだろうな


そんな水面下のやり取りに

俺は思わず苦笑いをした



『あー 何ですか〜? その笑いは〜??』


それに気づいて 今は俺の部下になった太助が突っかかってくる


それをサラリと交わすと
『ムッツリスケベ』だの『ひとりだけ楽しんじゃって・・・エッチ・・・』
なんて呟いて
完全に酔っ払いの絡みを繰り広げる




そんな太助を放って置いて俺は斜め向かいで
穏やかに酒を飲んでいるあいつを見る




珍しく あいつの隣に陣取った太田と相原から
懐かしい話を聴かされて
思わず照れたように微笑む様子や
真田さんと囁くように何かを語り合う様子を
しばらく なにげに見てると

ふと 視線をまわしたその目と逢った


翳りのない 少し大きな瞳が幼さを残した無垢な眼だった


だが次の瞬間 その瞳が嬉しそうに細められる



 あの訓練学校当初の伏せられた思いを抱えた頃の瞳は
その終わりを迎える頃 変化していた


開かれた心は
暗に閉じ込めようとしていたその記憶に
苦しんでいた頃とは違って

それに自らが向かおうとする決意を感じさせる

そしてそれを受け入れると
肝の据わった強さを感じさせる
澄み渡るような青い空を思い出させる瞳になっていた

その目が程よくこの空気を楽しんでいるのがわかる


”なんだ? 何かあったか?”と目で問いかけると

”いや なんでもないさ”と言うように軽く目を伏せたあいつ

”そうか”と俺も同じように下を向き
手で包み込んだグラスを軽く揺らす

混ざり合うその透明色の中に アルコールの部分がだけが
ゆらゆらと混ざり合わずに動いているのが見える

たった数年のことなのに
すべて遠い昔のような感じがする

大きな波に飲み込まれるような感じ

出遭った頃から今の瞬間まで
俺たちの間のことはすべてその波に包まれる

そんな感覚がした



†  †  †


振り返るな

そう記憶を包み込む波が大きな気泡になって
海を漂う

そんなイメージが浮かんで消えた


今すべてのことは進んでいる

俺の中でもあいつの中でも

戻ることは決してない

前を進むしかない俺たち

そしてそれを必然的に引っ張っているあいつ

過去のガラスに閉じ込めていた感情があったなんて
誰にも感じさせることはない
晴れた空のような存在のあいつ

そして そんな青空の下で
俺たちはいつも何かを求めているんだ



†  †  †


言葉なんて交わさなくても
あいつの眼を見ればわかる

出遭った時の直感は正しかったんだよな

そう俺は思う


また太助に『雪さんは〜ぁ どうしたんですかぁ〜』と絡まれながら
苦笑しているあいつ

いつも間にか長官秘書なんて大役に就いているあいつの婚約者

こういう席にはほとんど顔を見せなくなった
終わった頃に『迎え』と称して顔を出す程度

それはまだ慣れない仕事をこなす事に精一杯なこともあるだろうが
あいつのことを思ってのこともあるんだろう


また 波の音が聞こえる


ほどほどのアルコールが
見ず知らずの者たちの意味のないざわめきと混じって
何故かそれが波の音になる

それが心地よく感じる



そんな風に思って目を伏せた





『波の音が聞こえる ―――』

そうあいつが呟いた



それはそう大きくない声だったが
それでもテーブルをはさんだ南部にも届いたようだ

真田さんと話をしていた南部が顔を向ける


『風の吹くまま 気の向くままってのも
たまにはいいかもな』

ぼんやりとどこかに向けられた視線

それが酔っているかいないとか聴かれれば
それは後者の方で・・・・

しばしの沈黙の後

『そうだな。それもいいかもな』
と俺もそう口にした




求めるものがある時
俺たちは
そのために犠牲にするものがあった

だから そのために何も求めなければ
そんな犠牲もないのかもしれないなんて
浅はかにも思えてしまった

だから今は何も求めない

その存在だけが現実だと知っている

すべてを任せられるあいつがいる

お互いの背中を任せられるあいつと共有していることが
確かにあるから



そして体全体で波の音に包まれる



そう あの無限に広がる いつもの海原(宇宙)にはない 

本当の波の音


それを俺は感じながら また グラスを口にした







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2006.05.19.TOPの画像に持ってきた「地図」につけたお話を加筆・修正しました
2006.08.19. 毎晩寝苦しいですが、残暑をしっかり乗り切りましょうね〜
Material by 月時館さま