キリリク77777 
星波のまにまに 02







 「 はい、真田さん。 それでどうなんでしょか 」

通信パネルに映った真田はそれまで資料を見ていたが、ふとその進の言葉に顔を上げ、初めてその真っ赤に充血した進の目に気づいた。

 「 ? どうしたんだ? もしかして、眠ってないのか? 」

 「 え? ・・・そ、そんなことより ――― 」

 「 古代 」

自分の聞いたこととは全然違うことを、それも反対に問われ、進はそれをかわそうと視線を外して次へと進めようとする。

だがそれまでの事務的な声とは違って、低くて何気に厳しい声で親友と同じ苗字を呼ぶ真田に進は諦めて顔を上げた。

 「 ・・・いいえ、眠ってないわけじゃないです。 ちょっと毎晩仕事が残って・・・・ 」

事務処理が苦手。

そう言われ、自分でもそう思っているがそれでも事務次官クラス並みに仕事はこなせる進である。
もちろん真田はそれを知っている。

 「 当然だろう、仕事は山積みだ。 だからってなぁー 全部出来るまで眠らずやれって言われてるわけでもないだろう。 そんなに忙がにゃならん仕事はないだろう。 ただ、優先的にやるにしても、なぁ 」

そうだろう?と同意を求められ

 「 そうなんですが・・・・・ 」と言葉を濁すしかない進だった。

明日は雪が帰って来る。

それまでに少しでも今の状態に目途をつけたいと思っていた。

 「 そんな無茶してたらすぐにバレルだろう ・・・ 」

唐突な話は進の周りでは日常茶判事だった。

真田の言葉にそれでもついて行けなくって進ははぁ?っと口をあけたまま固まった。

一体何の、どのことを真田が言っているのか。 自分の考えを見通しているのか、それとも探っているのか進には判断がつかなかった。

開けた口のまま、声も出せずにいる進に

 「 フリーズするな。・・・ったく、守がいたら大笑いだぞ 」

といいながらクスッと鼻で笑った真田。
それに進は赤面しながら反論しようとしてやはり止めた。

 「 いいですよ、どうせ俺のしてることはガキですよ。 」

 「 まぁそう言うな。 『ガキ』っぽいだけで、『ガキ』じゃない。 むしろやっと考えてるんだなって思って安心した 」

シニカルに見える真田の顔が嬉しそうに笑った。

いつでも思い出せる親友の甘い声。
それは大切な人のことを語る時の声だったり、愛しい娘の名を呼ぶ声だったり。
いつまでも手のかかる小さな弟と思っているらしいそれだったり・・・。

そんなことを思い出した。

守の護ってきた奴はやっと自覚したみたいだぜ。
その触れることも見えないけど、それでも大切なものを、『形』にすることで手で触れられ、見せつける事の出来るものにするってな。

画面の中の弟と呼べるほど自分にとっては親しい人間は、心の中を隠そうとして案の定失敗したようだ。
それで、思わず開き直って不貞腐れたような、子どもっぽい仕草をする。

身近にいる者でも、そんな表情を見れる者は限られている。
そしてそんな顔した時に突っ込んでやれる人間は特定されるっていうのに、その両方とも自分は知っている。
進の立場を考えればそれはそうのんきに見るべきものじゃないかもしれなが、それでもそんなことはとっては嬉しいことだったりするのだ。

細められた瞳。
言葉もなく穏やかにその空気が色をつけるようだ。
それを遮る進の声は擦れ気味だった。

 「 ・・・・さ 真田さん 」

 「 何だ? 」

 「 あのですね・・・・。」

 「 ・・・・・・ 」

 「 ・・・・・ あの・・・・。 」

このことは言わないでくださいね。 誰にも。

 「 ああ ・・・・ 」

もちろん自分からは言わないが・・・・・。

そう返事しながらもすでに遅いんじゃないかと真田は思ったが、ホッとしている進には何も言わず、今は平和な時間に浸ってくれと願ってしまったのだった。





◇◆




オーストラリアから始まって、アメリカ・イギリスそしてヨーロッパの支部とメトロポリスTokyoとをそれぞれに往復した2週間。

森雪は婚約者である進の官舎に戻る事は1日もなかった。

地球にいるというのに、その腕に抱きしめてもらうことも、乾いたキスをしてもらうことも1度もなかったことは婚約してから初めてだったかもしれない。

そう思ったらずんと肩の重みが増えたようだった。

 古代君・・・・

寂しい時に思い出せるその優しいキスでさえ、ずっと昔の記憶だけ。

耳元で、『 ユキ 』って呼ぶ声の響きが好きだった。

体中が痺れるような、そんな感覚になるその声に、そんなに大きくない体が自分をすっぽりと包み込むように腕を回され抱きしめられると、本当に総てがどうなってもいいとさえ思えるほどだった。

太陽が核融合で超新星化すると聴かされた時は、進が地球にいる間だけの同棲生活を続けていたのに、それも無事帰艦してからはいつの間にか、通いの状態に戻っていた。

それまで自分を大切にしてくれた両親が、乾ききった大地の影響を受け、とても参っていたこともあったが、進もその後は地球と各惑星基地へと飛び回っていてその最中、銀河の交差が判明したのだ。

地球には被害がなかったとはいえ、銀河系中心部は大打撃を受けた。

多くの星が破壊され、新たに出現した惑星や恒星の存在は磁場も時空も歪めていた。

それが落ち着くまではどのくらいかかるのか。
地球の天文学でもそれは未知数でしかなかった。
科学局でも防衛軍司令部も、どこの部署もてんてこ舞いの中、自分だけが甘えた状態ではいられないと、雪は気合を入れるようにベッドに腰をかけたまま、力んでみたがふーっと息を吐くと、バッタリとベッドに身を倒した。

 古代君 ―――


白いタイトスカートが皺になろうがもう、気にすることさえ嫌になって雪は目を閉じた。
   
ばしょ
同じ地球にいるのに・・・・。

逢いたくて逢えないのは とても辛い。

ほのかなピンク色のシーツに透明な雫が吸い込まれる。
それは雪の意識をも吸い込んで行くようだった。





それでも朝になれば雪は笑顔を作る。


 「 おはよ パパ ママ 」

 「 ああ よく眠れたかい? 」

 「 朝ご飯できてるわよ。 コーヒーでいいの? 」

テーブルに並べられたサラダと白いカップ
そのカップを取りながら、二十歳を過ぎた娘がいるとは見えない母親はいつもの調子で娘に笑顔を向けた。

 「 あら、昨日は着替えなかったわね。 もう、いい年頃の娘なんだから、しっかりしなさい 」

 「 はーい 」

パジャマに着替えていたが、それでも手にした着替えを見て母親は雪をたしなめた。

もう、これじゃぁいつ古代さんもらってくれるのかしら。

自宅での娘の姿を見ている限り、あの宇宙戦艦ヤマトといういつも未来と希望を与えてくれた艦にクルーとして乗り込んでいたとは思えない。

きっとそっくりの別人がいるんだわ。

時々、防衛軍長官の藤堂のことをマスコミが報じる時、その画面の隅っこにいるのは今目の前であくびしながらバスルームへ向かう娘ではないと真剣に思っている母なのであった。

 「 今日は? 雪 」

デジタルニュースを見ていた父親は、そんな妻の様子などまったく気にすることもなく優しく娘を見つめて聴いた。

 「 今日は・・・・。 一応お休みなんだけど・・・・。 」

長官に同行して司令部を離れることは緊張の連続だった。
それはいつものこの地上での生活であったがそれでも雪は、いつもよりぼんやりとした頭で何をするのか考えながら、この出張中の書類整理や交わした資料のことを掘り起こしていた。

 「 長官はお休みだけど、まだ片付けないといけないのがあるの。 だから午後にでも司令部に行って来るつもり。 ―― ? それとも何かあった? 」

 「 うんん。 いや、久しぶりだから家族で食事でも・・・って思ってね 」

右手を軽く握り作った拳を顎にあて、小首をかしげる仕草の雪がくるっとした瞳を愛らしく向けてくる。
妻に持つ感情よりきっと深いものかもしれないと自覚する父は、それを妻に悟られないように軽く咳払いをして娘に愛情を注ぐ。

 「 あらいいわね! 次はいつお休みかわからないものね、今夜行きましょう〜 」

夫の小細工などお見通しでもそれを笑って見逃せる妻は、その話に大いに乗る気でカウンター越しのキッチンから軽やかに戻って来た。

その途中、ふと思い立った言葉をコーヒーポットをテーブルに置くのと同時に付け加えた。

 「 じゃぁ、古代さんも呼びましょうよ。 今、司令部勤務なんでしょう? 本当に仕事仕事で遊びにも来ないんですもんねー。 ママ、ちょっと寂しいわ 」

拗ねたふりをするように、雪と同じポーズをして小首を傾げる母に、雪は古代君はママのおもちゃじゃないわよと思ったが、あえて言葉にはしなかった。
その代わり、いい過ぎよママと笑っていった。

微かなため息。

それは自分からはそう言えなかった部分。
だから母の想いが嬉しいような・・・・。
反面悲しいような、複雑な気持ちになる。

 「 ・・・古代君に連絡してみるけど、あまり期待しないでね。 彼も今、本当に忙しい人だから 」

お互いにそう思って、連絡もメールのやり取りだけで済ませていた。

本当は会いたい。

会って、その暖かい腕の中でぎゅっと抱きしめてもらいたい。

雪はそっと自分の腕を自分に回し、弱った気持ちを静かに受け止めた。
もしかしたら素直に言葉にすれば、少しは心が軽くなるかもしれない。

そう初めて感じた瞬間だった。



そんな娘を見つめる夫婦は気づかれないように肩を下げ、息を継いだのだ。


母の思い、そして言い出した父の思いや感情。
それには僅かに違いがあったが、それでも行き着く答えはひとつだった。

大切な娘が幸せであればいい。

ふたりはいつもそう思っていた。




                                    星波のまにまに1に戻る  キリリクTOPに戻る

キリリク77777の続きです
2007.05.06.UP現在進行形で辿り着くところは・・・・決まってるんですがねぇ
2007.05.18.修正
今回タイトルをリクエストいただいたさくらいさまにつけていただきました。
お待たせした上に、いろいろとお願いしてしまって申し訳ありませんでした!
でもこんなステキなタイトルをありがとうございました。一層、ふたりのキラキラが溢れそう♪
Material by evergreenさま&ネットマニアさま