祝☆キリバン60000
キリリク『Start!』番外編01
時々、ここに送られてくる私信
それは決して忘れることのないあの娘との唯一の繋がり
時間外になってそれに目を通す。
音声式になっているそれからは聴き馴染んだ昔からの友人の声。
――― よう、元気か?
こっちは相変わらずだ。 ―――
少しだけシニカルな声が笑いを含んでいる。
――― 至って元気。 手を焼いて困るぐらい元気だぞ ―――
地球に降り立ったその数日後には、ここでは安心して暮らすことが出来ないと思い考え込むことになった俺は引き裂かれる思いで、イカロスへ派遣される親友に、俺の命よりも大切な娘を託した。
あれからもう半年になる。
その間にこの腕に抱き上げたのは片手にも満たない。
俺の命よりも大事だ、と言いながらも俺は忙しさにかまけ、訪ねることが極端に減っていた。
それはあの小さかった娘が母親である彼女に似てきたから。
逢わずにいた日々
たった数ヶ月の時間が自分の心をざわめかせる。
そして無邪気な娘の姿に決して重なることのない彼女を重ね、俺は困惑していた。
もう3ヶ月ほど、面として会っていなかった。
それを知ってか知らずか、多忙な日常の中『時々』といえ、送られてくるそれを手にすれば溢れるばかりの想いが募る。
それは、このところ俺とは対照的に“親バカ”になった親友の声だけの時もあれば、彼女の拙い歌声だったり、花が咲き乱れるような笑顔が含まれていたり・・・。
娘の母 ――― スターシャのそれとは全く違った満面な笑顔は俺の中にいつもある。
今回も添付されていた3Dフォトカプセルを机に置くと、手の平に乗るサイズの彼女が現れた。
伸びやかでしなやかな背中
柔らかそうな金色の髪が肩より長くなっていた。
ちょっとふっくらした頬はピンク色で、くりっとした瞳が可愛らしさを増強している。
・・・・・また大きくなったな。 もう10歳ぐらいか ・・・・・
地球人の成長では考えられない現象が目の前で起こり始めた時、どうしていいのかわからなかった。
あの美しかったイスカンダルで生また時は、まだ緩やかな成長だったのだ。
それはイスカンダル星人なら当然のことらしく、スターシャは穏やかな聖母のような微笑を湛えたまま娘サーシャに接していた。
でも、地球人との混血のサーシャの成長は純粋のイスカンダル星人よりも急速であった。
そう気づいた時にはスターシャはそれまで以上にサーシャを大切に大切に愛でるように育んでゆく。
この子はイスカンダルと地球の架け橋になる運命の子
そう呟きながら眠ってるサーシャの髪を梳く。
それが幾分淋しさを含んでいたように思えた。
今にしてみれば、予知的なものがあったのかもしれない。
母になり、彼女の心はそれまで以上に、女神の色を所々に濃くしていたように感じた俺。
平和の争いのその表裏一体になった重なった部分を彼女は“運命”と言った。
それに俺は裏を許せず、ただ何もしないでいることも出来ずに、それはふたつになった宝を護りたかったから ―― なのに、やはりそれを遮ることも遠ざけることも出来なかった。
成長を続けるサーシャの可愛らしい微笑みは、そんな俺を無にしてくれる。
俺の行くつく場所のない想いを、包み込んでくれる。
映し出されたサーシャは俺の方を見つめ満面の笑顔を見せた。
それにやはり俺は癒される。
――― ・・・それに、昨日こんなことがあった。 ―――
そう前置きをして、目の前に俺がいるのと変らない物言いで告げる真田の声にまた現実に引き戻された。
――― 最近、お前からの連絡もなくなったから、澪のやつ「やっぱり澪は守お父さまの子じゃないのね」って言って、家出したんだぞ! ―――
「 な、っ。なんだよーそのセリフ(誰かに妙な事吹き込まれているんじゃないか・・・)
それに、大げさだなぁ『家出』って・・・・・・。 」
真田の言葉に俺は突っ込んでいる。
そう言うだろうと思っているらしい真田は、じとーっと俺を睨みながら思いっきりため息をついた。
それにイカロスは天文台としてそれなりの設備があるがそれはそう専門的なものではなく、基本的にはヤマト改良のためのドックと、宇宙戦士訓練学校の3回生が実習するための部門があるだけで、そう生活環境に適した施設があるわけでもなかった。
アステロイドベルトの小惑星をくり貫いたんだから仕方ないか。
だが、彼らにとってはそれでも生活圏である。衣食住とすべてを兼ねた場所だった。
俺は少し呆れながら、軍の階級章がならぶ襟元を開けた。
――― それも半日以上雲隠れしやがって、どれだけ心配したか・・・・ ―――
ぶつぶつと言う真田の声は俺以上に“父親”で・・・・。
自分にも仕事があるから日中は放っておいたんだが、昼食も食べず15時を過ぎても帰らない。
――― ったく、誰に似てこうも頑固なのか・・・・ ――――
そう呟いた後、思いっきりため息をつくところを見ると、それに気を捕られて仕事が手につかなくなったのだろう。
一重の目を一層細めた。
――― 探せばすぐ見つかるって思っていたんだが、見つけよと思ったらこれが見つからん。 だから、余計に焦った。 ――――
そして見つからないと、大騒ぎすることも憚られた。
ここはイカロスで、一応軍の施設だ。
古代守の娘とは告げていない真田の姪という存在の澪。それもそれまでは真田と訓練学校の校長しかその存在は知らないはずだった。
――― 散々探して、結局、訓練生にまで手伝ってもらってやっと見つけたんだぞ! ―――
それが俺のせいだと言わんばかりの真田。
確かに原因は俺らしいが、近くにいない俺にはどうしようもない。
――― どこにいたと思う? ・・・ったく、俺ももっと冷静になれば解かりそうなことだったんだがな・・・・ ――――
そのセリフに俺は何故か唇が上がった。
思わず笑い声が出る。
――― 俺も『家出』ってことに早く気づけばよかったんだ・・・・。それにこのところひとりで読んでいた絵本・・・。それに昔、お前が話したことを思い出してたらな、きっとこんなに手間は掛からなかったはずなんだよなぁ ――――
自嘲気味の真田の顔。
久しぶりにそんな柔らかい真田を見て、同時に俺はあの時のことを思い出していた。
それは、ずっと昔のこと。
クスッと笑った真田に俺はやっぱりな、と思った。
俺が思い出したこととやっぱり同じ答えか。
同じことやったんだな。
状況は違うが、『家出』ということばに俺はひとつしか思い浮かばない。
だから自然と笑みが それも、苦笑いが出た。
そう あれは ―――――
遠い昔。
まだ地球には自然の緑が溢れ、
そして眩しい太陽の光を全身に浴びていた頃のこと。
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