Summer Memories of 2200


 


 夏  part1  Susumu



  初めて、雪を連れて海を見に行ったのは、イスカンダルから帰還して、
  もうすぐ1年が経つころだった。
 
  子供の頃、僕は海の見えるところに住んでいたので海は思い出が多い。
  それは楽しいことばかりではないけど、それでも、夏の海は予想以上に
  人のテンションをあげてくれる。

  「わー! きれい!」
  
  単純にそういって喜んでくれる彼女。
  ガミラスの攻撃で蒸発してしまった海は今ではすっかり元に戻り、地球上に
  あった7つの海はその質量を変えつつも存在していた。

   僕の育った三浦半島はあの遊星爆弾の一撃以降、直撃弾がなかった分、
  それなりに大地はその領域を変えていなかった。
  それに日本の領土はほぼ攻撃前と同じに地上は形成されていた。
  だから、その海岸も僕の知るものだった。

  「雪! あまり遠くに行くなよ!」
  「大丈夫よ!」
  
  今はシーズン真っ最中だ。
  それでもそう多くない子連れやカップルの姿。

  地図には載らないそんな場所を知っているのだから、たぶん地元の人たちなのだろう。

  小さな海岸は細かい砂と沖合いにいつくかの岩場が見える。
  子供のように波に戯れる彼女に僕は溜息をついた。
  都会育ちの彼女にしたら、海は特別な場所だったようで、家族の楽しい
  思い出しかないようだ。

  「ねえ、古代君 泳ぎましょうよ!」
  「え? 泳げるのかい? 雪」
  「まあ。失礼しちゃうわ! 泳げるわよ!」

  ちょっとほほを膨らまして雪は僕に言った。
  それに僕はまた小さな溜息をつく。
  
  雪は羽織っていた薄い水色のパーカーを脱ぎ始めた。
  下にはレモン色の水着。セパレートで、背中が大きく開いていた。
  彼女にしては結構大胆なものだった。
  思わずジッと見てしまう。

     ・・・・・ 

  「ねえ、あの岩場まで競争しましょうよ!」
  
     おいおい、そう僕に言うか?

  雪は僕がイルカと言われていた小学生時代を知らない。
  それより、泳ぎには自信があるのか何も言わない僕を見てにっこり笑った。
  
  「古代君、泳げるんでしょ?」
  「当たり前だろ!」
  「じゃあ、いいじゃない! 競争しましょう!」
  
  返事をしない僕を泳げないと思ったらしい雪の言葉に僕は以前のように言い返していた。
  そして、その返事に満足げに雪は腰に手を当てて言った。
  
  僕は青いT-シャツを脱いでその場に放り投げる。
      
      知らないぞ! どんな勝負でさえ、手加減なんてしないからな。

  相変わらずの僕たち

  そして僕は雪の手をとって、裸足のまま水面に近づいた。















夏 part2  yuki  




  海の水は塩辛い・・・

  そう知っていたけど、そんなこと、久しぶりのことだったので忘れていたの。
  
  古代君と競争する気満々だった私は泳ぎだして、そんなことを思い出した。
  それに彼、海に入って泳ぎだしてからはすっかり本気モードだもの。
  私が追いつけるわけがないって、考えないでどんどん泳いでいく。

     もう! ちょっとは手加減したらどうなのかしら!

  内心そう思ったけど、そんなこと出来る人じゃない。
  大きな岩にたどり着いたらしい彼は呼吸も乱さないでそれによじ登っている。
  それから、私の方を見て、にこやかに、屈託のない笑顔で手を振っている。

   「ゆき! もう少しだよー!」

  競争していたなんて忘れているだろう彼はそれこそ子供のような無邪気さだ。
  あの、初めて会った頃の彼は、今はいない。
  それが時間の移り変わりが彼を変えて、いや、本来の彼の姿に戻していくのだろう。
  そしてそれはこの緑の惑星といわれた地球の復興と同じぐらいに私の中ではうれしい事だった。

   「もう! 古代君ったら・・」

  やっと岩場にたどり着いて私はやっぱり口を尖らしいていた。

   「なに? どうしたの?」

   「・・・・」

  彼の返事に私は黙っていた。
  何か言おうとするとどうしても愚痴ってしまいそうだったから。
  岩に捕まったままの私に、古代君は手を貸してくれた。

   「滑るから、気をつけて。雪」

  彼は簡単に手で引っ張り上げてくれてから躊躇した後に、右腕を背中に回すようにして
  私の体を脇から支えてくれる。

  私は自然とその胸にもたれるようにして座った。

  風が、心地よい。

  日差しも傾き始め、海岸から少し離れた場所に突き出た岩に、座っているだけなのに
  非日常的に雰囲気だった。
  あの、真っ黒い宇宙空間で、星の瞬きを見る時と同じような気分になる。

   「あ・・・、月・・・」

  西の空に白い月が見えた。
  まだ、陽もあるのに見える月はとてもいつもの月とは思えない。

   「本当だ・・・」

  真っ青な空は雲一つないのに、その月はちぎれた雲のようだった。
  また、宇宙に行ってみたい。
  星の数を・・・。数えられないほど多くの星がいるその中にまた行きたい。
  地球に下りてからもう半年以上。
  たった1年間の宇宙での生活が私にとっては忘れられない。
  毎日、生死の確認が必要だった時間の中なのに、それでも私はこうして地上にいるせいか
  無性にあの星たちの中を彷徨う気持ちを忘れなれなかった。

   「いいなー・・・。古代君」

   「何が?」

   「だって、いつも宇宙に飛んでいける・・・」

   「・・・? だって、仕事だからなぁ、それが・・・」

  変な顔をして古代君は私を見ていた。
  でも、私がじっと黙って見つめているので何か思いついたらしい。

   「・・・じゃあ、今度の休みに行く?」

   「え? 連れて行ってくれるの?!」

   「月だけどね。でも、ご両親がいいって言ったらだけどね」

   「もちろんよ! 絶対に、了解もらうわ!―― 古代君! ありがとう!!」

  もうすっかりその気になっていた私はうれしくって古代君に抱きついた。

   「わっ!? 雪!」

  古代君と私はそのまま、海に落ちた。

















  夏  part3   Susumu




 雪に押されるまま海に落ちた。



  波しぶきが上がり、そして僕は彼女を庇おうとしたままの状態で、背中から落ちた。
  海中で目を開けると、そこはきらきらした水面が天井のように広がっている。
  そして、僕に腕を強くつかんでいる彼女を見つめたら、しっかり目を瞑ったままだった。

  そう長くない髪が海面に広がるように波にもてあそばれている。
  きれいだな・・・なんてのんきに思っていたら雪が苦しそうに顔を歪めたので
  僕は今更ながらに彼女を引き寄せ、そして上昇した。

   「はーぁ!!」

  半分顔を隠すように雪の髪はまとわりついていた。
  それを取り払うように僕は彼女の髪を掻き分けた。

   「大丈夫?」

   「・・・」

  はあはあと息をつきながら雪はただ頷いた。
  それから少しすまなそうに僕を下から見つめる。
 
   「・・・ごめんなさい・・。私、調子に乗りすぎちゃったみたい・・・」
  
  去年の僕らならこんなやり取りはしてないだろう。
  雪が、素直に誤る姿を見て僕はクスッと笑った。
  あの頃はお互い素直になれなくて、いつも口喧嘩ばかり。
  ちょっとしたことでお互いに言い合って、自分のミスでさえ、言い訳のように言い合いながら
  素直には謝れなかった。
  
  でも、今の僕たちは違う。

   「雪に怪我がなければいいよ。僕は大丈夫」
  
  ちょっとしたことでも、雪は僕に素直な言葉をかけてくる。
  たぶん本来はそんな彼女だったのだろう。
  僕と出会う前の彼女。
  だんだんそんな彼女に僕は出会うことになる。














  夏   part4  Susumu




  雪の髪はどちらかというと茶色がかっている。
  肌も白いし、元々色素が薄いのだろう。

  だが雪の小さい顔にまとわりついた髪がいつもより塗れたせいで濃くなっている。
  それがいつもの彼女の印象を変えていた。
  思わずそれを見つめてしまうと雪はその艶やかな小さい口を
  開けて何か言おうとしたようだったが、何も言わないまま少しだけ頬を染めた。
  僕も思わず自分が赤くなることを感じた。

  それから僕はそんな彼女を岸まで肩を抱いたまま泳ぐ。
  それに任せたまま雪は黙っていた。

  岸に着いて僕がその手を離したとたんに、雪は僕から離れて置いてあるパーカーを羽織った。
  そして濡れた髪を整えるように細く白い指で後ろに撫で付ける。

   「古代君・・・?」

  黙ったままの僕を小首を傾げて雪は見ていた。
  そして僕のT-シャツを拾い上げ、雪はそれについた砂を払うようにたたいた後、
  それをもって僕の隣に立つ雪。

   「・・・ああ、ありがとう」

  雪の後ろに僕はあの「宇宙」を見ていた。

    昼を過ぎたこんな明るい海岸で、雪を見ているのにどうして宇宙空間を思い出す・・・?

  T-シャツを雪から受け取りながら、僕は自問していた。
  雪が地上勤務になってもう半年以上が過ぎる。
  それはいろいろと事情があるからだけど、僕も彼女には平和な地球にいて欲しいと思う。
  そう僕が帰ってくる場所に・・・・。

   「さっきの話ね・・・」

   「ん?」

   「・・・別に無理しなくても、いいのよ」

   「どうして? やっぱり無理そう?」

   「うんん、違うわ。・・・でも、古代君だってお仕事忙しいでしょ・・・」

  そう言われれば今度の任務も長期だった。

  彼女を残して僕はまた宇宙に行く。


   「まあ、何とかなるよ」

  今回の休暇はあと3日ある。
 
  僕はにっこりと笑って見せた。

  雪はそんな僕に戸惑ったまま、それでも少しうなずいて言った。

   
   「ありがとう・・・」





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SS専用のLiveDoorBlogに載せた、『夏』シリーズです。
もう今年も夏休み期間に入りました!
ありそうで、ないようなふたりの思い出。
亜空間には珍しい話ですが、本宅にUPします♪

初掲載2005.7
2006.07.22.加筆・修正